引っ越し屋

アメリカではあまり引越し屋っていうのはメジャーじゃなくてなんでもDIYのアメリカンはトラックレンタルして友達かき集めて自分達で引っ越しちゃいます。トラックレンタルも全国チェーンで何社かあるのです。

しかしながらエレベーターのないアパート住まいの都会っ子の私は引越しはもっぱら引越し屋にお任せ、シカゴで3回引越ししましたが2回は簡易引越し屋を雇いました。初めて引越しをしたときは自分達でやっちゃいました。あまりにも直前に引越しが決まったのでトラックはレントできない・・・最悪の引越しでした。

簡易引越し屋さんは物を動かすのが得意な引越し屋さん。しかも見積もりはメール又は電話。前回と同じ引越し屋さんを使ったので、去年と同じぐらいと連絡。ここでちゃんと正確にどれだけあるかを伝えると見積もりがちゃんとしたものになるのでかなり重要かと思います。

日にちを連絡して、あとはおおよその時間を教えてくれます。今回はあえて最後のスロットを選択したので最大で3時間ほど遅れるとのこと。その日の状況次第だそうです。

家具などはリクエストに応じて保護はしてくれます。今回はベッドのマットレスとラブシートをラッピング依頼しました。まず、汚れから保護とそれから南京虫という大敵からの保護もあります。最近シカゴでも南京虫の被害が増えているそうで不特定多数のものを運ぶ引越し系は要注意です。ラッピングは保護パッドの上からサランラップの親分みたいなものでぐるぐる巻きにします。

IkeaのようなPress woodの家具は保障がないので要注意です。

この引越し屋さん早い。早い。なんせ早い。今回トータルで3時間、途中休憩もしない。しかも一日中引越しして疲れているはずなのにだ。
私達がやったら1日かかる仕事です。まず、箱。箱は何箱か積み上げてベルトで縛り、背中にバックパックのように背負い持ち運びます。一箱づつ運ぶ普通の人間とは全然違う。一見雑なようですが、箱のなかのお皿は一枚も割れていなかったし、家具も無傷に近かった。自分達で引越しした方がダメージが大きいような気がする。箱詰めは頼んだのだがあまり上手に詰まってなかったのだ。私ならもっときっちりつめるのだが、しょうがない。まあ、箱詰めなんて中身が壊れてなかったらいいのさ。

すごかったのが新居への搬入。引越しした時間は先週の木曜日。あの嵐の中でした。
A君がいたのですが僕手伝った方がいい?と聞くので(彼は超アメリカ男なのです。)、私はすかさず、いや、邪魔にならないところで立っていてといいました。

一階なので裏口付近の大きな窓(上下にスライドする窓です)のパネルをすべてはずし、トラックからそのまま窓から搬入。これが吉とでました。まずあの土砂降りの雨の中だったので物がぬれなかった、早く引越しが終わったのでした。この引越し方法を目撃したA君、唖然と眺めておりました。簡易引越し屋さんはこういう人にお勧め。

  • ある程度自分達で仕事をする人
  • ピアノがない。
  • 高い家具(特にアンティーク)がない。(保険や技術などの関係上アンティーク家具など高級家具などはそれ専門にしている人にお任せするのが良いでしょう。)
  • 高いものは自分達で動かせる人
  • 細かいことは気にしない人。

引越し業者
作業代(3人分) 111ドルX2時間=222ドル
ラッピング代 5ドルX2=10ドル
運搬料金(30分) 55ドル
287ドルでした。それにチップを20%ほど。

仮に自分達ですると
トラックレンタルが1日約100ドル、保険+ガソリン代、それから友人へのお礼ディナー&ビールと筋肉痛。結局自分達でするより実は安かったりする。しかも友達は最近年を取ってきて腰が、とか肩がな~んて言い始めているので頼むのは緊急事態のみと考えている。

日本の夏は夜だ!

清少納言が枕草子で言ったように夏は夜なのだ!日が沈んでから、風が出てくる日の入り時がいいのだ。

今回の電力不足のごたごたでサマータイムを日本に導入しようとしている人たちがいる。夏の電力需要はほぼ冷房といっても良いだろう。日中を長くするサマータイムよりは夜を長くするサマータイムの方が日本の蒸し暑い夏にはあっている。おまけに地中海地方のようにお昼ね時間を設けたらよい。(暑いんだもん)
高緯度地域で始まったサマータイム。私の経験上、半年も暗がりの中で生活していたら気が本当に滅入るし、夏になったらいっぱい太陽を浴びたいと思う。だから昼間が長い夏はうれしい、早く会社にきて早く帰る。やっぱり高緯度じゃない日本のでは無理があると思う。
先進国は導入しているというが、高緯度地域がたまたま先進国だったりするわけであまり説得力がないです。

TDR、サマータイムに合わせて「アフター6パスポート」を1時間繰り上げ販売
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1640924&media_id=54

私流シカゴアパート探し

シカゴに来てから4度目アパート探し。もちろん予算があるのでここ気に入った=借りられるわけではないのでやはり探すことになる。しかも当たり外れがでかいシカゴ。

ここで私なりの方法を紹介。とりあえずCraigslist や不動産屋のウエブをみてその地域が予算以内で物件が見つかるかどうか軽く事前に調べる。

まず、住みたい場所へ行く、街の雰囲気を知るためには大事だと思う。

とにかく歩く!空き室ありの看板が出ていたら、ビルを外から見る、表と裏。このときまず窓をチェックします。これが古い一枚ガラスだったら大体中もメンテが行き届いてなかったり、備え付けのものが超古かったりことが多いのです。窓を取り替えるのってすごくお金がかかるのです。大家さんの力量を測るために使用。

それからアパート周りの清掃が行き届いてること。これって不思議で周りが荒れているところは店子も??な人が多かったりするんです。

それで気に入ったら、電話してアポ取りして中を見せてもらいます。

CraigsListの使用を今回はやめました。順に調べていくうちにオーナーではなくて不動産エージャントが大家にみたいにアドを出しているものばかり。つりのまきえ見たいな感じで全然いい物件に出会えないのです。

エージャントも使いましたが、見せてくれた物件すべて空振り。エージャントの空振りはこれで2回目。もう二度と使うことはないです。エージャントは時間がなくてもお金がある人向けだと思う。彼らの報酬は一か月分の家賃ですから、それなりの物件の場合はうまくいくと思います。

国旗・国歌

アメリカに来て思うこと。よく国旗掲揚するし、国歌を歌うなと思う。

必ずどんな試合が始まる前でも歌う。学校の対校試合でも・・・
式典があると必ず国歌を歌う。
高校のころ毎週星条旗に忠誠を誓わされた。

ふと私の小学校のころを思い出した。は朝会では校旗掲揚、校歌斉唱だった。アメリカだったら国旗掲揚、国歌斉唱だなとふと思う。

式典でも国旗掲揚ではなく日の丸掲揚、国歌斉唱ではなく君が代斉唱だった。なぜなのだ?と考えていたのだ。
(1999年以前で他の地域では日の丸、君が代としていたのでしょうか?情報願います。)

そして疑問解決!私が日本にいたころは国旗・国歌が正式に決められていなかったのだ。慣習的に日の丸(日章旗)と君が代が使われていただけで法律的な根拠がなかったのだ。

国旗及び国歌に関する法律 平成11年8月13日法律第127号によってようやく法律的に決められていたのだ。なるほど・・・平成11年って1999年だから私は完全に日本での教育を終わっていたのね。なるほどと思ったしだいでした。

パスポート

本日会社でインド人の同僚と会話。
たまたまイミグレ関係で持っていた私のパスポートでかれが一言。

「俺ページ足さないとだめなんだ。余白がなくなってきた。」とぼそり。

私のパスポート余裕で余白がありまっせ。

カナダへ行くにもヨーロッパへ行くにもビザの申請をしないといけないインド人の彼。その点日本のパスポートを持っていると西側の国々、北米の国々ほとんどビザなしでいけちゃうのよね。だから余白がいっぱい残ってる。大きな違いだなと感じた瞬間でした。

よりによって同じ日に

元カレ2人からフェイスブックに友達リクエストがきた。この二人後味悪く別れたのよね。なんでだろう?

しかも一人は10年以上前に音信不通。別れたんだから当たり前なんだけどさ。
もう一人は当時の彼女、現在奥さんの人に嫌われて音信不通になった。

普通友達リクエストする???よくわからん。で、もって無視しました。

引越しします!

I am MOVING! English Translation

といってもバーチャル引越し。

最近あっちこっちでSNSが飛び交い、ブログがあったり、mixiがあったりといろいろ大変なので一括してまとめたくレンタルサーバーと自分ドメインを取得。うちにサーバーを置くにはちょっと環境上無理があるので、レンタルにしました。いろいろなコンテンツはそこに順番に動かすつもりです。

自分のドメインとサーバーをレンタルした理由は・・・・

1、無料=広告だらけの生活とおさらば
2、無料で運営するために企業が個人情報を売るのを妨げるため。
3、コンテンツの管理権、所有権が明確に私だから。

ということで出来上がりましたら、報告をいたします。

よなべ

昨日は久しぶりに夜遅くまで起きていてお仕事。

今日は大学時代のお友達DさんのBaby Shower。Baby Showerとは出産を控えているお友達に必要な品物を皆で贈る習慣です。開拓時代の名残か、アメリカにはこの手のイベントが多い。

さておき、私はいつも同じ品を贈る。それは手編みのおくるみ。一番始めに作ったのは大学時代の友人K君の子どもが産まれたときだった。K君に何が欲しいか聞いてみた。K君の答えはこうだった。

最近は必要な物はお金を出せば買える時代、僕たちはお金持ちじゃないけど必要な物は買える。だから、何か記念になる手作りな物が欲しい。

確かにそうだ。今は産業革命のおかげでいろいろな物が大量に安く作られている。残念ながら、こういった手作りの物もだんだん少なくなってきてる。なので出来るだけこういった手作りの物を贈り続けられればと思う。

毛糸が余ったので、カーテガンも作ろうと思ったのだが間に合いませんでした。

Gift
Dさんに贈ったもの。おくるみ、帽子、ベビーブック。(赤ちゃんの成長を記録できる本)
hat
帽子。Dさんは旦那さんの頭が大きいので帽子が小さすぎないかちょっと心配。
baby afghan
おくるみ。
baby afghan edging
おくるみ、縁取り。

つれづれなるままに?

最近特記する出来事はないんだけれども、なんとなく日記を書いてみた。

相変わらずシカゴは寒い。例年になく寒い。まだ半そでが着られる日は数えるほど。いつもなら半そでがほとんどで突然寒くなるほうが多いのに。地球温暖化って?まあ、多分これも海水温が関係していてあるところでは暑くなりあるところでは寒くなっているのかもしれない。

まあ、冬ほどは寒くないので外にはでる。で、気が付いた。いつとなく日本人が多いなって思う。出張に来てるだろうと思われる日本人の団体によく出くわすのだ。最近特に増えたようなきがする。う~ん。自分が日本人だからかも知れないが、日本人はなぜかすぐわかるのだ。女性を見つけるのは難しいが、男性はかなり楽だ。

旅行者は必ずといっていいほど地球の歩き方をもって歩いてる。で?最近の地球の歩き方ってどうなのよ?私はロンリープラネットを愛用してる。

ぴったりとしたズボンをはいている。全体的に細身の仕立てになっている。(普通のアメリカ人の会社員(お堅い職種のみ)はあんまりぴったりとしたズボンを会社にははいてきません。だからどうだって?言うわけでもないけどまあ、そういうもんですから。)

靴。おしゃれだ。上品な皮でできたカジュアルな靴を履いている。普通のアメリカンは昭和のお父さんが背広と一緒にはくような靴を履いている。

かばん。重いのに手で下げている。こっちの人は無理や我慢をしないので、肩から掛けるまたはリュックですから。スーツでバシッと決めてもリュック・・・ちょっとかっこよさが半減。でも、思った。日本人の方が明らかにいいものを着ている、肩から掛けたら服が傷むか。

え?私ですか?今日はユニクロのシャツにジーンズです。足はスニーカー。もちろんリュックですわ。日本から帰ってしばらくは気合を入れてきちんとした格好だったけど、だんだんだめですわ。

Stand by Me

歌声を聞ききつつ地下鉄の階段を疲れた足をゆっくり交互出しながら下りた。

プラットホームではいつものストリート音楽家たちがいつものMyGirlを熱唱してる。彼らは、日々の糧を稼ぐ為に歌ってるのか、そのすばらしい歌声を披露する為なのか、いつかスカウトが来るのをまっているのかは私には解らない。でも、彼らの歌声は仕事と人生にちょっと疲れた私に元気をくれる。

なぜか今日はふといつもは絶対にしないリクエストをしたいなと思った。曲名は『Stand by Me』。私の気持ちが通じたのか、彼らは『Stand by Me』を偶然にも歌いだした。

『Stand by Me』を聞くと、まだ幼かった自分を思い出す。無知で、世間知らずで、傲慢で、おまけに無鉄砲。でも好奇心でいっぱいで、感じるもの、見るものすべてが刺激的だったあの頃。アメリカでの生活に憧れていた私を思い出す。『Stand by Me』は私にとってアメリカのすべてだったから。

実際にアメリカに住み始めるとアメリカは自分の描いていたものとは違う。みなそれぞれの問題を抱えてる、世界中の誰もがそうな様に。けっしてバラ色の生活ではない。そしてその生活に慣れきってしまった私。見るもの、触るもの、聞くもの、すべてが日常のいつもの風景になってしまった今。その現状を変えることもなく住めば都と言い聞かせ何もしない私。

そんな冒険をしなくなった私に『Stand by Me』は幼い頃の野望でいっぱいだった私に引き戻してくれる。そしてそっとがんばれよと言ってくれるような気がする。